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京都きものパスポート2018〜2019

京都きものパスポートとは?

 京都府北部、日本三景の天橋立がある丹後エリアは、国産の絹織物のおよそ7割を生産する国内最大級の絹織物産地。中でも主軸の絹織物「丹後ちりめん」が2020年に創業300年を迎えます。日本の和装産業を支えてきた丹後、その中心にあり続ける「丹後ちりめん」について紹介します。

そもそも「ちりめん」って何?

 軽くて丈夫でありながら、しなやかな手触り、上品な輝きをあわせもつ「絹織物」。その代表的なものに「ちりめん」があります。ちりめんは、強い撚(よ)りをかけた緯糸(よこいと)と、撚りをかけていない経糸(たていと)とを交互に織り込んだもので、精練により、緯糸(よこいと)の撚りが戻ろうとする力によって生地の表面に細かい凹凸状の「シボ」があらわれるのが特徴です。このシボによってほどよい厚みと奥行きのある風合、柔らかな光沢が生まれ、染め上げられる色も表情豊かな仕上がりになるといわれています。

丹後ちりめんの生みの親・絹屋佐平治

絹屋佐平治の偉業をたたえ生家跡に丹後ちりめん発祥の碑が建てられている。

 丹後地域は古くから交通の要衝として人や文化が行き交う交流地でした。奈良時代(739年)には、現在の京丹後市弥栄町から聖武天皇に「絁(あしぎぬ)」(絹織物)が献上された記録があり、古より絹織物の産地だったことがわかっています。
 一方、ちりめんの技術が日本に伝わったのは安土桃山時代の天正年間(1573~92年)のこと。中国から大阪・堺にわたった織物の職人によって伝えられ、やがて京都の西陣にも伝わります。そのちりめんの技術を学ぼうと、現在の京丹後市峰山町よりやってきたのが絹屋佐平治でした。佐平治は西陣の機屋に奉公に入り、熱心にシボの出し方や織の技術を学んだといいます。やがてその技法を丹後に持ち帰り、ちりめんを織り始めたのが丹後ちりめんの発祥です。ちなみにちりめんの技術は丹後から滋賀の長浜にも伝わり、「浜ちりめん」誕生にもつながります。

丹後ちりめんに新しい風を

 佐平治が丹後ちりめんを織り出してからおよそ300年。現代では、水に濡れても縮みにくい「ハイパーシルク」加工技術や、ポリエステルちりめんなどの新しい素材が開発されたほか、2013年には丹後の職人チーム「TANGO+」が結成され、ストールなど洋装にも合う商品がつくられてきました。近年では、丹後ちりめん創業300年事業実行委員会が立ち上がり、Webサイト「TANGO OPEN」が開設。丹後ちりめんの技術を活かしたスニーカーなどの斬新な商品や作り手の紹介、海外イベントへの出展、国内外の若手クリエイターと丹後の織元とをつなぐプロジェクトなど、これまでにない新しい挑戦が始まっています。

TANGO OPEN

丹後ちりめんの生みの親・絹屋佐平治

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